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藤井七段がAIを越す

AIにも想定外の妙手

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昨日の藤井七段の一局がAIを超えたと話題になっている。第31期竜王戦5組決勝で、AI(将棋ソフト)も想定していなかった手で藤井聡太七段が勝利した。

将棋を知らない人もわかるように説明すると、互角の戦いの中で、飛車金両取りを相手ができる手に自ら踏み込み、最も価値が高い飛車駒と最も価値が低い歩を交換する手に出た。打った瞬間、多くの人が悪手と見なしたが、この数手先で相手は投了に追い込まれた。

ほとんどのプロ棋士も予想できなかった手で、将棋ソフトが数億ノード計算しても出てこない妙手だった。この手を見て、藤井七段がAIを越えたと評する意見がネットに溢れた。

「枝切れ」する将棋ソフト

どうして藤井七段は将棋ソフトも見過ごした手にたどり着いたのだろう。

将棋ソフトが「枝切れ」した手を追求したことに尽きる。「枝切れ」とはその手から無数に広がる変化を読まない(後回しにする)ことを指す。将棋は数億数兆手の変化があるので、いくら将棋ソフトとは言え、すべての変化を調べるには時間がかかる。価値が低い手の読みは後回しにする。

飛車金両取り、大駒である飛車切りは価値が低いのでソフトは先を読まなかったのだ。

しかし、藤井七段は先を読んで、その先に詰みまで見つけた。

圧倒的な計算能力

藤井七段の圧倒的な計算能力の高さが前提としてある。詰みの手順もとても難しいにもかかわらず、藤井七段は合計約30分の短い間に着想している。詰み将棋選手権4連覇からもわかるとおり、藤井七段の計算能力の高さは全棋士の中で群を抜いている。ただ、いくら藤井七段の計算能力が高くても、最新コンピューターに叶うはずがない。

大局観とは

藤井七段がコンピューターに勝ったのは「大局観」のおかげだ。大局観の説明は難しいが、盤面全体を俯瞰して、過去の経験と培ったセンスから、現在の形勢を認識し、次の手を編み出すことだ。盤上の駒をデータではなく、画像として捉えると一流の棋士は言う。言葉では説明できなくても、ひと目見て良い絵画かどうか、一流の画家や批評家がわかるのと似ているかもしれない。

藤井七段は、盤上を見て「飛車を切ってもいけそうだな」と「枝切れ」をしないで、その先を読んだ。

この大局観をもつのが、コンピューターには非常に難しい。(今のところ)絵画の評価をできないのと同様に、画像として局面を判断するまでにはコンピューターは至っていない。

この棋士の特殊能力ともいえる大局観をコンピューターが打ち破るには、盤面全体を評価値として落とせるようになるか、さらに高速化して全ての変化を読む必要がある。

人間がAIに勝つわけではない

もっとも、この一局を見て、人間がAIに勝てると考えるのは早計すぎる。藤井七段自身が言っているように、全体的には将棋ソフトの能力は人間のはるか上をいっている。昨日の藤井七段が放った手の95%以上はコンピューターと同じ手ではあるが、その手を見つけるのにコンピューターが費やした時間は人間より圧倒的に短い。

同じ持ち時間、同じ環境であれば、人間が現代の将棋ソフトに勝つのは無理だ。だからといって、将棋に魅力を失ったわけではない。オートバイが人間より速くても短距離走競技が存在するように将棋も十分楽しめる。

人間の中で藤井七段の棋力は圧倒的だ。最近では藤井七段の手を解説者が説明するも難しくなってきている。

むしろ、藤井七段のようにプロ棋士でも先を読めない手を将棋ソフトの結果を補助線として楽しむのが正しい観戦法だ。