小説とIT

「第12回ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作の「夏のピルグリム」を7月18日に刊行

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トランプ大統領がIT業界にばらまくジョーカーの数々

トランプ大統領への希望的観測は、あっさりと打ち砕かれようとしている。

就任前は「今は選挙期間中だから酷いことを言っているが、大統領になったら変わるだろう」と言っていた評論家が、就任直後は「威勢に良いことを言っているのはブラフ(脅し)で、ビジネスマンが有利に交渉をすすめるための手段だ」に変わり、就任後十日経った今は「おいおい、本当にやばいんじゃないか?」に変わってきている。

 

先週7カ国からの入国を一時的に禁止する大統領令が発令された。すでに200名以上がアメリカへの入国を拒否され、ビジネスにも影響が出始めている。本コラムではトランプ大統領の施策によって今後IT業界にどのような影響があるか考えてみる。

 

移民の制限により人材確保が困難に

週末多くのIT企業の幹部が入国規制を一斉に批判した。

japan.cnet.com

多くのIT企業が強く反対したのは、自分たちのビジネスに大きく影響を及ぼすからだ。IT企業と言っても全米各地にあるのでひとつに語られないが、シリコンバレーがある西海岸の企業では移民が多く働き、中には起業する者もいる。

今回の規制は7カ国だけだが拡大しない保証はないし、アメリカへ移民を躊躇する優秀な人間も増えるだろう。3億人のアメリカ人だけから優秀な人間を探すより、全世界73億人から探したほうが見つかりやすいのは当然だ。

現代のITは一握りの優秀な人間が生み出すアイディアの良し悪しがビジネスを大きく左右し、工場やラボの品質がビジネスを決定するものではなくなっている。

移民がアメリカのIT起業で働かなくなれば、世界を変えるサービス・プロダクトがアメリカのIT企業から今までのようには生まれなくなる可能性が高い。

 

製造単価の上昇

トランプ大統領が最も強調しているのは「アメリカ人の雇用の拡大」だ。アメリカ企業がもつメキシコの工場を批判し、為替操作している中国が安い製品をアメリカに輸出していると主張する。

雇用の観点だけをみればメキシコ・中国の工場を撤退させ、アメリカに工場を新設すれば、労働者(特にトランプを支持した人々)の雇用は増える。一方で、アメリカの高い人件費で作られた製品は今よりも高価になる。高い製品を買わなければならないのはアメリカ人で、その他の国の人は今と同じ安い他国の製品を買えば良いので、アメリカ製の商品は世界で売れなくなる。

IT業界では、最終加工品を製造しているのはAppleやシスコなどアメリカの企業が多い。だが、製品の中身は必ずしもアメリカ企業の部品とは限らない。iPhoneの部品の50%以上が日本製、それ以外の部品も韓国・台湾メーカーが多い。

米国企業の工場をアメリカ本土へ移転させても、海外から部品を調達する必要がある。世界で製品が売れなければ部品の調達する資金もなくなる。その先にあるのは米国製造業の倒産であり、従業員のリストラだ。

アメリカへの工場移転は結果的に労働者を苦しめることになる。

 

アメリカ版グレートファイアウォールの建設

今のところよく知らないからなのか、トランプ大統領はサービスについて言及していないが、現在のIT業界でもっとも金が動くのは、Google・FacebookがリードするWebサービスだ。この分野はアメリカが圧倒的に強いのでオープンな環境は自国のビジネスにとってプラスなはずなのだが、トランプ大統領は貿易同様にWebサービスも制限する可能性がある。

制限する理由は、他国のサービスにアメリカへ進出しなくなるようにして、自国のサービスを守ること。中国の百度など海外発のサービスもの米国に進出してくるだろう。いまのうちに海外サービスの流入を防げば、自国のサービスを守れると新大統領が考えてもおかしくない。

もちろんオープンな環境を制限すれば、アメリカのサービスも他国へ進出できにくくなるが、トランプ大統領がそこを考慮するとは思えない。

 

もうひとつの理由が検閲だ。トランプ大統領はメディアとSNSの世界ですこぶる評判が悪い。メディアやSNSがデマをまき散らすので自分が不当に評価されていると思っている。その流れを止めるために情報の拡散を制限し、検閲を行う。中国のようにGoogle、Facebookサービスの禁止まで行うとは思えないが、今の調子だと決して絵空事ではない。

 

ビッグブラザーの到来

アメリカではジョージ・オーウェルの小説『1984年』が売れているそうだ。小説中の監視社会がアメリカで起こるとはまだ誰も信じていないだろうが、この3ヶ月で起こったことは、まさに「誰も信じていなかったこと」だ。

中国の首脳がアメリカの大統領に「オープンで公平な貿易の重要性」を説く奇妙な時代にすでに我々が踏み入れつつあるのは間違いない。