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「45歳定年制」をあえて肯定的に擁護してみる

45歳定年制

サントリーの新浪社長が「45歳くらいの定年制をし、自分たちが勉強し、会社に頼る。または、会社は良い人材に残ってもらいたい。また、それぞれ個人は会社に頼らない。こういう仕組みが、必要である」と発言し、物議を醸した。

現状で定年を45歳にしたら、思うように転職できずに失業する人、転職できても給料が下がる人が続出し、社会が不安定になるのは間違いない。

荒唐無稽に思える「45歳定年制」だが、45歳か妥当かどうか別にして、年齢に関係なく自由に転職し仕事が選べる環境にならないと、様々な労働問題が解決しないのも事実だ。

「定年45歳制」を肯定的に捉えて、考えてみます。

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給料が上がらないのは転職できないから?

日本の終身雇用制が崩壊したと言われて久しいが、実際は男性では3人に1人が転職しないまま定年を迎えている。その多くが大手企業だ。たとえばアメリカ人は生涯のうちに平均10回以上転職する。1社しか勤続経験がないアメリカ人はかなり珍しい。

転職しないということは、乱暴に言えば「その会社の給料を許容している」ということだ。給料が安いと不満は言うが、本当に嫌ならやめて転職すればいい。その会社にいるということは、現状の待遇を肯定していると会社側は判断する。当然、待遇を許容している社員の給料を上げるモチベーションは企業側にはない。

いくら政府が「賃上げしろ」と叫んでも、企業側の給料を上げるメリットがなければ昇給する訳がない。経済原理にそぐわない賃上げを行えばすれば経営者は株主に訴えられかねない。

企業が昇給するメリットはなんだろう? シンプルに良い人材を獲得できることだ。優秀な人材が転職せずに会社に留まり、外部の優秀な人が転職してくれることが、会社側にとっての賃上げのメリットになる。

しかし、給料を上げなくても社員が会社に留まり、優秀な人材を獲得したくても転職市場にいなければ、そのメリットを享受できない。

よって、企業は賃上げに積極的になれないのだ。

転職市場が活性化しない理由

ではなぜ転職市場が活性化しないのだろう。会社に不満がある人は大勢いる。そういう人たちはどうして転職しないのか。これも乱暴な言い方をすれば、「転職したいポストがない」からだ。人が望むようなポストは誰かが占有していて、年功序列の会社なら、基本的に社歴に応じて、社内の人間にポストが分け与えられる。結果が出せなければ左遷されることもあるが、解雇に至るケースは日本ではほとんどない(犯罪行為をすれば別だが)。

業績が悪化しても同様だ。以前に比べれば日本企業もリストラを行うようになったが、その頻度はアメリカ企業とは比べられないほど少ない。

不採算事業を閉鎖した場合でも社員をできる限り配置転換させるのが日本企業では普通だが、アメリカでは事業がなくなれば、従事する社員は解雇されるのが普通だ。アメリカの採用は職能別・部門別で行うのが通常なので、その部門が解体されれば解雇されてしまう。

アメリカのようにいかないのは、日本では企業の解雇権に制約があるからだ。少し前に今まで従事していた仕事が不要になったので、会社が提案した転勤と配置転換をを拒否して解雇された元社員が会社を訴えていた。会社側はいきなり解雇したわけではなく、転勤や新しい部署を斡旋をしている。そこまでしても解雇すれば、社員は会社を訴え、敗訴の可能性もあるのが日本の労使慣習なのだ。アメリカの企業では考えられないことだ。

解雇できなければ、会社は余剰な人材を抱えることになる。魅力的なポストに空きもできないし、優秀な社員が外部へ出ていくこともない。

よって、転職したくてもポジションがないし、転職市場に良質な人材を求めても集まらない状況が生じる。

解雇は恐怖?

解雇されれば労働者の生活は一変する。貯金がなければ生活にすぐに困窮する。しかし、企業に余力があるうちに解雇できれば、退職金も割増手当ももらえるだろう。アメリカの企業では会社が倒産する前に、退職金を多く払うから退職してね、と比較的に明るく解雇するケースが多い。

リストラができないと企業の業績は悪化し、最悪倒産に陥り、割増手当どころか退職金が出ないケースも出てくる。

企業に体力があるうちにリストラして身軽になり業績を回復させて、再び採用を増やした方が労使双方にとってもメリットが大きい。

そうは言っても、慣れた仕事ができなくなるのは苦痛だ。だが、別の仕事がすぐに見つかるなら、解雇の恐怖も半減する。

転職市場が活性化して、いつでも転職できるようになることは、労働者にとってもメリットが大きい。

会社に頼らない生き方

会社に頼らない生き方をしたいと考える人は増えてきている。しかし30%(その多くは大企業の恵まれた社員)が生涯同じ会社で働き、能力に見合っていないかもしれないポジションを手放さない。現状が嫌でも魅力的な転職はできずに、就職した会社に頼り続ける。

これでは会社に頼らずに生きることは難しい。

では、どうすれば転職市場が活性化し、能力が高い人が希望のポジションへつくことができるようなるか。鶏が先か卵が先かの理論になりがちだが、企業の解雇権を認めることが手っ取り早い。しかし、アメリカ並みの解雇権を許容するのは政治的に許されないだろう。そんなことを声高に叫んだら、与党は選挙で負けて政権を失うからだ。

そこで軟着陸するひとつの方法が、定年の前倒しだ。解雇権の拡大を行えば年を取ってから解雇されて路頭に迷う社員が増えてしまう。まだ若いうちに全ての社員が一斉に定年を迎えれば、各々が自分の能力に合ったポジションを見つけ、優秀な人は給料が高い仕事につける。

45歳になったら全員が同じ条件でもう一度「就活」を行うわけだから、極めて平等だ。成長している企業なら、優秀な人材を喜んで雇用するだろうし、業績がおぼつかない企業は45歳以上の社員の雇用を減らすだろう。

企業側は、生涯社員を養わなくて良いので、若年層の社員採用に積極的になれる。現状だと、能力が高いかどうかよくわからない新卒の社員を大量に採用するのはリスクが高いので、躊躇せざるを得ない。

45歳になったら能力がない社員を容易に手放すことができるなら、定年まで雇用するリスクを軽減できる。

45歳定年制は、解雇権の見直しよりは穏やかに現在の歪な労働環境を改善させるのに貢献できる。

45歳定年は本当にできる?

ここまで、あえて肯定的に45歳定年制を取り上げてきたけど、じゃあ、本当に日本ででできるかというと難しいだろうし、筆者はやるべきではないと思う。

「なんだよ、ここまでの主張は嘘かよ」と言われそうだが、45歳定年制を導入して給料が上がり希望のポジションへつけるのは「優秀な人材」だけだ。新卒の就活では学歴と面接でなんとか就職できても、実務能力が高まらなかったり、人の指導ができなかったりすれば、45歳以降の給料は大幅に下がり、最悪路頭に迷うことになる。今までなら、なんとか企業内で留まることが出来て定年を迎えられた大企業の社員も、過激な競争に晒されて「優秀な人材」になる努力を生涯し続けなければならない。

いわゆる「普通の暮らし」をするためには、今まで以上に苛烈な競争を勝ち抜く必要があり、競争が溢れれば水準以下の生活が待っている。

そうなれば、今問題だとされているよりもはるかに大きな格差が生じ、治安がよいといわれる日本社会は途端に不安定になる。

島国ということもあり、日本社会は今まで助け合って生きてきた。台風や地震などの天災が多くてもここまでやってこられたのは、「みんながそこそこの暮らし」をすることで激しい競争もなく社会が安定していたからだ。

45歳定年制や解雇権の緩和は、今までの日本社会の穏やかな互助を壊して、真の競争社会に変革することにつながる。

もちろん、優秀で努力をし続けた人間は相応の報酬を得ることにはなるし、優秀な人材が活躍すれば企業の業績も上がる社会的メリットもある。

一方で、どうしても努力できない、ビジネス能力が低い人は、現状より低い待遇に陥る可能性が高い。そういった社会を日本国民が許容できるかと言えば、多分無理だろう。

現状の日本社会では、45歳定年制は非現実的で、少しずつ転職する人が増えていき現状を変えていくしか手段がないと思う。

ただ、世界情勢がそんな日本の穏やかな変革を許容してくれるかは別問題だ。日本企業の利益率は低く、ここ20年の日本の賃金上昇率は先進国で最低だ。この状態が続けば、日本企業の業績はさらに悪化し、社会が許容できるかできないか関係なく、リストラ倒産が頻発する未来も想像できる。

海外企業と待遇に差が生じれば、国内の優秀な社員は海外企業へどんどん行ってしまう。その流れは現実に加速している。

企業業績が悪化し、優秀な人材が流出すれば、国民が好むと好まざるとに関わらず、企業業績と自分の能力に応じて転職を繰り返すアメリカのような社会になっていく可能性はかなり高い。

そのようになってもサバイブするには、個人の能力を高める努力をずっと行う必要があるという、結局当たり前の結論に行き着く。

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