トヨタとApple
電気自動車に対する2つのニュースが今週流れてきた。
一つは、豊田章男トヨタ自動車社長が、日本政府が掲げた「2050年にカーボンニュートラル」の政策に苦言を呈したというニュースだ。政府の提言は2050年までに全ての自動車を電気自動車(EV)にするということではないし、仮に全車がEVになれば国内で電力不足が起きるという懸念をかなりストレートに発言した。
もう一つは、2024年までにAppleがEVを発表するという記事だ。AppleがEVを開発しているという噂は数年前からあり、カルフォルニア州内で運転実験が行われていることも報道されていた。
どちらもEVについての話題だが、方向性は真逆だ。EVの将来について考えてみます。
トヨタの懸念
トヨタ社長が語ったEVへの懸念は主に3つだ。
- CO2削減への懸念。EVでCO2削減できるというが、電力を作るのにCO2を排出するし、ガソリン・ハイブリッド車ですでにかなり削減している
- 電力不足への懸念。全てのEVを充電するには現状の発電力では不足している
- 雇用への懸念。EVへの産業構造の変化が、日本の基幹産業である自動車産業に大きなダメージをもたらす
CO2削減というと自動車が槍玉に上がるが、自動車のCO2排出量は約15%しかなく、EVになっても火力発電を稼働させれば、CO2は0%にならない。ハイブリッド車への普及でCO2削減に今まで貢献してきたのに、自動車業界だけ負担が大きすぎるというトヨタ社長の主張は理解できるところもある。
CO2削減と電力不足への懸念は、結局は火力発電への懸念だ。日本の主力発電は火力だ。火力発電もかなりの省燃料化が図られてきているが、「燃焼」していることに変わりはない。この懸念を解消するには原子力発電を増やすしかないが、東日本大震災以降、原子力発電の増設は国内では厳しい。しかし、EVを普及させるなら、原子力発電の増強を政治的に決断しないとならない。その心構えがないのに、「EVを普及させる」というのは欺瞞だというのだ。
最後は雇用。日本で自動車産業に携わっている人は542万人で日本の全就業者人口の8.1%に及ぶ。自宅で気軽に充電できるようになればガソリンスタンドに従事する35万人はいずれ失業する。ガソリン車に比べて電気自動車の部品点数は少ない。組み立て作業は残るが、EV普及により部品メーカーは大きなダメージを受けることになる。
ガソリン車は構造上、モジュール化に限界がある。ガソリンタンクの吸気からエンジン、排気系までボデイサイズに合わせて管で繋げる必要がある。EVの場合は吸気排気の必要がないので、エンジン、バッテリーをモジュール化して、ケーブルで繋げることが容易にできる。
こうやってみていくとトヨタ社長の懸念も理解できる。
EVの流れは止められる?
トヨタの主張は理解できる部分もあるが、CO2削減を標榜してハイブリッド車を販売し利益をえてきたトヨタがいうとちょっと鼻白む。トヨタは水素自動車の開発も進めているが、普及はEV以上に進んでいない。水素エンジンはゼロエミッション達成に大きく貢献できる技術だが、水素ステーションの設置と水素の運搬などインフラ構造を劇的に変えなければならず、世界的な普及は非常に難しい。EVが普及してしまえば、インフラが脆弱な水素自動車が普及する可能性はほぼゼロになる。トヨタの懸念に自分たちが開発してきた水素自動車が無になる恐怖が含まれているのは容易に想像がつく。
そして、トヨタがなんと言おうと、世界はEV普及に舵を切ってしまっている。
アメリカではカルフォルニアなどいくつかの州が2050年までにトラックやバスなどの大型車のEV販売台数を100%にすることに合意している。EUでは排ガス規制が年々強まっている。中国では一定比率のEVの販売が既に義務付けられている。
各国の動きは環境保全が目的だが、裏の目的もある。EVへの後押しは、ガソリン車とハイブリット車に強い日本への対抗策でもある。特にハイブリットはトヨタが圧倒的に強く、多くの特許を保有している。ハイブリットでは勝てないので、EVという新たなルールで優位に立とうとしているわけだ。特に自動車産業では日本の後塵を拝する中国は「環境保護」を旗印に国家一丸となってEV普及へ邁進してもおかしくない。
トヨタの意見に日本政府が賛同したらこの世界的な流れを止めることができるのか大いに疑問は残る。
Appleカー
AppleのEV開発もこの流れにある。Appleは環境保全に注力してきたメーカーであり、クリーンなイメージがある。圧倒的なブランド力を有するAppleがEVを発売すれば、爆発的に売れる可能性は高い(もちろん品質によるが)。100年以上の歴史があるガソリン車には追いつけなくても、モジュール化できるEVなら、既存自動車メーカーに追いつける可能性はある。近年のEVはバッテリーやエンジンだけではなく、コンピュータ部分が鍵を握っている。テスラは内臓のプログラムをアップデートすることで自動車性能の不具合を解消し性能を向上させることに成功している。コンピュータを既存の分野で活用し、大きな結果を出すのはAppleの得意技だ。スマホのカメラ性能の向上にレンズなどのハードの発達ではなくコンピュータがプログラミングが大きな役割を果たしているのは有名な話だ。畑は違うが、カメラで起きた革命が自動車でも起きてもなんら不思議ではない。
自動車産業は世界で最も巨大な産業であり、成功したときの利益も膨大だ。Appleが投資する価値のある分野だ。
もちろん、人を命を載せるわけだから安全性への配慮が必要で、今までもITデバイスとは異なる対応も必要だが、Appleなら成功させることができるに違いない。
トヨタとAppleの違い
トヨタを既得権益、Appleを環境保護の正義の使者と捉えるのはわかりやすいが、実態はそう単純でもない。トヨタの主張にも理解できるところもあるし、EVを促進する各国の背景を考えると日本がEV普及に全振りするのが正しいのか疑問も残る。
おそらく、現時点での正しい方向性は、EVやガソリン車の「ハイブリッド」なのだと思う。ガソリン車をゼロにするのを目的するのではなく、発電も含めた全CO2排出量の削減にガソリン車の改善、EVの普及などを混合した政策が必要なのだと思う。
もしもAppleカーが発表されたら、大きな注目を集めるのは間違いないし、iPhoneがガラケーを駆逐したように、EVがガソリン車の大きな脅威になるかもしれないが、まだ未来は確定していないし、技術は移り変わる。
善悪二元論で語るのではなく、俯瞰的な視点を保つのが肝要かと思う。