小説とIT

「第12回ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作の「夏のピルグリム」を7月18日に刊行

「第12回ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作の 「夏のピルグリム」 が7月18日に発売になります。初の単行本形式の小説です。
興味がある方は書店で予約してみてくださいませ。

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「ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作の「夏のピルグリム」が7月18日に刊行

いよいよ刊行!

夏のピルグリム」の刊行が決まりました。ポプラ社より7月18日に発売されます。
夏のピルグリム」は「第12回ポプラ社小説新人賞」の奨励賞をいただいた作品です。著者初の単行本形式の書籍になります。
受賞してから1年半、ずっと改稿・修正を続けて完成させました。ここまで時間をかけてひとつの作品に向き合ったのは初めての経験です。
善い作品になったと思います。ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。

「夏のピルグリム」7月18日発売

表紙はイラストレーターのKUさんに描いていただきました。デザイナーは岡本歌織さんです。ちょっと幻想的で切ない感じが物語の雰囲気にとてもよくマッチしています。読み終わったあとで、もう一度表紙の絵をじっくり観ていただくと、新たな発見があるかもしれません。
手に取ってみると、装丁の素晴らしさがよりわかると思います。

ネタバレしないように説明すると、「夏のピルグリム」は、中学生の女の子である夏子が旅を通じて成長していく物語です。心に傷を抱えた夏子が全国各地で様々な人に出会い、新たな体験をすることで回復していきます。
中学生が主人公ですので中高生が読んでも面白いと思いますし、その年代の子を持つ親御さん、その時代を過ぎて大人になったすべての人に自信をもってお届けできます。

タイトルの「ピルグリム」という言葉は聞きなれないかもしれません。「巡礼者」という意味で、元々は「異邦人」とか「放浪者」という意味だったそうです。
「ピルグリムファーザー」は、弾圧を逃れてメイフラワー号でアメリカ大陸に渡った清教徒たち(ピューリタン)を指す用語です。ピューリタンたちはアメリカ大陸で理想の世界を作ろうと大西洋を渡り、超大国アメリカ合衆国の始祖になりました(善悪は別として)。
夏のピルグリム」とは、傷ついた夏子が目的のために旅するひと夏の巡礼を指します。

この記事に詳しくあるとおり、僕は中学の頃から小説家になることを夢見てきて、昨年商業デビューすることができました。
夏のピルグリム」は、僕にとって二冊目の書籍であり、初の単行本形式の小説になります。賞をいただいた作品でもあるので、思い入れも深く、この1年半は作品の完成に全力を注いできました。

傷ついている人も、そうでない人も、夏子と一緒にひと夏の巡礼の旅に出かけてみませんか?

著者初の単行本形式の小説「夏のピルグリム」がポプラ社より7月18日に刊行されます。「ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作です。よろしかったら予約してください。善い物語です! 

「夏のピルグリム」がネットギャリーにアップされました

7月中旬刊行の「夏のピルグリム」がネットギャリーにアップされました。

ご存知の方が多いと思いますが、ネットギャリーは出版社と書店員様や図書館員様、教育関係者などの方を繋ぐプラットフォームで、出版前に原稿(いわゆるゲラ)を読むことができます。
いち早く作品に接することで、仕入れなど今後の展開の参考にしていただくためのサービスです。
というわけで、一般の方は利用することはできませんが、関係者の方はぜひご利用ください。
「おすすめコメント」にあるとおり、「夏のピルグリム」は、心に傷を負った13歳の少女が巡礼の旅に出て、日本各地で大人たちに出会うことで、心を回復し、そして成長していく物語です。
二年半の時間をかけて、じっくりと作り上げた小説です。
多くの人にとって善い物語になったと思います。
ぜひ、よろしくお願いいたします。 

「ポプラ社小説新人賞」奨励賞の「夏のピルグリム」を7月に刊行。原稿を読んでくれる方を募集

プルーフを配本中

小説家の高山 環(たかやま かん)と申します。
この度「第12回ポプラ社小説新人賞」奨励賞を受賞した「夏のピルグリム」を7月中旬に刊行することになりました。
著者初の単行本形式での小説になります。

書店員様にお読みいただくためのプルーフの申し込みを行なっております。
ぜひ、下記のフォームよりお申し込みいただけると幸いです。

Microsoft Forms

「夏のピルグリム」とは?

夏のピルグリム」は、心の喪失を抱えた13歳の少女が日本各地を旅し、多くの人に巡り合うことで回復していく、ひと夏の冒険物語です。
傷ついた心を持つ人、心にかさぶたが残っている人、現在傷ついている人に寄り添っている人、多くの方に良い兆しを届けることができる作品になったと自負しております。
現在学生をしている人、昔学生だった人、学生の子を持つ親御さんにもお勧めできる話だと思います。

「ピルグリム」には「巡礼」または「巡礼者」という意味があります。
新人賞の募集から2年半をかけてじっくりと言葉を紡ぎ、僕のすべてを注いだ作品です。
ぜひ、「夏のピルグリム」のプルーフ配本にお申し込みいただき、いち早く物語に触れていただけたらと思います。
また、他の書店員様にもお伝えいただけると幸甚でございます。
何卒よろしくお願いいたします。

Microsoft Forms

「ふたりの余命」がPrime Readingに選ばれる。Amazon Prime会員なら誰でも無料で読めます

Prime Readingに選ばれる

拙作「ふたりの余命」がPrime Readingに選ばれました。
Prime Readingは、Amazon Prime会員なら誰でも無料で電子書籍が読めるサービスです。

「ふたりの余命」とは?

「ふたりの余命」は700以上の評価をもらい、Amazonランキングで1位(ロマンス部門)になったこともある僕の著作では最大のヒット作です。

死神に余命を宣告された若者が限りある命で失ったものを探す青春ミステリーになります。
宝島社文庫より「ふたりの余命  余命一年の君と余命二年の僕」として書籍化もされています。紙の本が良い方は、こちらをぜひ。

読み放題のサービスとしては有料のKindle Unlimitedがあります。
Kindle Unlimitedは書籍だけのサービスなので、特典がたくさんあるAmazon Primeの方が会員数は圧倒的に多いと思います。配送料無料やAmazon Prime Video目当てにAmazon Primeの会員になっている人が多いのでは?
Amazon Primeのいくつかあるサービスの中で、Prime Readingはあまり目立たないサービスですが、この機会にぜひ使ってみたらいかがでしょう。無料ですので。

https://www.amazon.co.jp/dp/B09PG9NL7N

noteに移行しました

noteに移行しました。

商業デビューをしたのをきっかけにして、noteを開設しました。

noteには小説関連の記事を掲載していきます。今のところ毎日更新し続けています(いつまで続くか分かりませんが)。

こちらの「小説とIT」も残しておきますので、過去のITの記事などは今まで通り読むことができます。

「小説とIT」を長い間お読みいただきありがとうございました。

noteも合わせてよろしくお願いいたします。

 

  

将棋と小説

将棋を観戦するようになって、7年になります。7年前というのは現在八冠を保持している藤井聡太竜王・名人がデビューした年で、藤井さんの圧倒的な才能に惹かれて、将棋を観るようになりました。
将棋のルールは知っていましたが、それまでプロの将棋を観たことはありませんでした。
観戦はしますが、自分では指さないので、いわゆる「観る将」です。

今では、プロ棋士の方の名前は大体覚えましたし、棋界のしきたりもわかるようになりました。
将棋は81マスの盤と8種類の駒しか使わないシンプルな形態のゲームなのに、進行とても複雑で、毎日何万局指されているのに同じ局面になることはないといわれています。
将棋のすごいところは江戸時代からルールがほとんど変わっていないことです。それだけ完成されたものなのに、現在に至るまで必勝法は解明されていません。

もうひとつ将棋のすごいところは、将棋を指して生活ができることです。将棋は文化であり、ゲームでもあります。約200名いるプロ棋士の方は対局料をもらい、勝ち進めば賞金も増えます(今年の藤井さんの年間賞金額は二億円を超えるといわれています)。

今でこそeスポーツの賞金で生計を立てている人がいると思いますが、将棋(囲碁もです)のようにゲームで生活できる仕組みを100年間守り続けてきたことは驚嘆に値します(日本将棋連盟は来年百周年を迎えます)。

独特の将棋の世界に魅せられて、「磐田の棋理」という小説を書きました。引退間近の中年棋士が、初めての女性プロ棋士を目指す女流棋士や将棋を始める中学生と交流するうちに、かつての情熱を取り戻しタイトル戦に挑む話です。

将棋と小説には共通点があるように思います。
それは、正解を積み重ねることによって結果が大きく異なることです。
将棋と小説には無限の可能性があり、絶対勝てる方法も必ず名作を残す方法も存在しませんが、要所要所には答えがあります。
最近の対局では、AIによって将棋の最善手が表示されます。AIに優劣があるので絶対ではありませんが、正しいと思える手を指し続けることで勝率を高めることができます。
詰みに至る道が見えているかのように藤井さんの指し手はぴたりとはまっていき、最後は相手の玉を追い詰めます。

名作を残す必勝法はないですが、言葉の正解はあると思っています。自分の思う感情、頭に描いている場面を完璧に表現できる言葉がどこかにあるはずです。
自分の心情にぴたりとはまる言葉が見つかったときは嬉しいですね。
読んでいる人はあまり気にしていないと思いますが、その場面にはまる一言を見つけるために、時には一日中考えていることもあります。
考えた分、見つかったときの喜びは格別です。

将棋は一手ずつの積み重ねで、勝負が決まります。
小説も同様で、言葉と真摯に向き合う作業の積み重ねが全体のクオリティを決めると思っています。

https://www.amazon.co.jp/dp/B09H4DZF35

 

ワンパンパスタと小説

最近ハマっているのがワンパンパスタ。知っている人も多いと思いますが、ワンパンパスタとは、フライパンひとつでパスタ料理を作ることです。
通常は鍋で茹でたパスタをフライパンで作ったソースで和えるけど、ワンパンパスタは、ソースを作ったフライパンにお湯を注ぎ、麺を茹でるので、鍋を用意する必要がありません。
鍋は嵩張るので取り出すのも面倒だし、洗うのも大変。フライパンだけで作れると料理のハードルがぐっと下がります。

パスタ料理の中には、デンプンが溶けた茹で汁をソースに混ぜて乳化させるメニューがあるけど、ワンパンパスタなら茹で汁とソースが一体化しているので乳化も容易です。

ワンパンパスタでできるパスタメニューは、さまざまです。ペペロンチーノに、カルボナーラ、トマトパスタにクリームソースと色々試したけど、どれもおいしく作れました。
おすすめはペペロンチーノですかね。ペペロンチーノはニンニクと唐辛子で作るシンプルなパスタ料理で、乳化が味のポイントになります。ワンパンパスタなら、乳化も簡単。麺を別に茹でるのと遜色ない味です。

誰がいつ考えたかわかりませんが、ワンパンパスタは革命的な発想だと思います(「暗殺者のパスタ」というちょっと物騒な名前のパスタ料理が起源という話も)。別に茹でなくてもソースで茹でれば楽だと思いつきそうで、なかなか思いつきません。長年パスタを鍋で茹でてきたけど、その発想はありませんでした。まさにコロンブスの卵。

最近は新しいミステリーのトリックをあれこれ考えているのですが、ワンパンパスタみたいに合理的かつ革命的なアイディアが思いつけばと思いつつ、ランチにワンパンパスタをせっせと作っています。

www.kinokuniya.co.jp

言葉の収集家

ふたりの余命 余命一年の君と余命二年の僕」には語彙を増やすために気に入った言葉をノートに書き留める人が出てきます。
これは僕の実体験です。中学生の頃、小説家を志すと決めたときに始めました。小説や新聞を読んで知らない言葉、気になる言葉を集めていました、まるで昆虫採集のように。

今よりも語彙が少なかったので、毎日何十個も記録していました。当時は知らない言葉を見つけると嬉しくなり、小説に使ったものです。なんだかあの頃は今よりも言葉に対して真摯に向き合っていた気がします。

実は、今でも言葉の収集は続けています。さすがに今は物理的なノートではなく、クラウドノートに保存しています。
大人になったので、知らない言葉は減りましたが、あまり見かけない言葉や、昔からある言葉だけど表現方法を発見した言葉を記録するようにしています。
スマホがあるから、ランニング中でも就寝前でもすぐに記録できるので便利です。

最近、記録した言葉は、こんな感じ。
「居住まいを正す」「やにわに」「足下」「胡乱」「活写」
頻繁に使う言葉ではないですが、覚えておくとどこかで使えそうな言葉たちです。

海辺の効用

普段は自宅かカフェで作業をするのですが、昨日は天気が良かったので海辺で執筆をしました(画像は別日撮影)。
11月末なのに、今年はまだ暖かく日差しがあたればシャツ一枚でも充分過ごせました。
執筆環境としては、海辺はなかなか大変なこともあります。海辺に行くのに時間がかかるし、キーボードに砂が入る危険もあれば、天候も絶えず変化します。

でも、海辺には自宅やカフェにはない効用があります。それは自然を感じられることです。砂も寒さも嫌ではありますが、それも自然です。
波の音を聞き、潮風を肌で感じながら書いていると気分転換になるし、筆も進む気がします。

海辺には人も訪れます。水際で遊ぶ親子や犬を散歩する人、いつもと違う風景が創作の刺激になります。
ふたりの余命 余命一年の君と余命二年の僕」の一部も海辺で書きました。「ふたりの余命」は砂浜でふたりが寝そべるシーンがありますが、海辺で書いた記憶があります。

海辺の欠点は、作業ができる期間が短いことですかね。真夏だと汗だくだくになるし、真冬は寒すぎて手がかじかむし。
海辺での執筆は春と秋がおすすめです。

1000人を面接してわかったのは「第一印象を壊す重要性」

会社員時代、支社の立ち上げや新入社員の最終面接をしていたので、おそらく1000人くらいと面接をしました。
人を選べるような人間ではないけど、ポジション的に仕方なくやっていましたね。
1000回も面接をすると、コツみたいなものがわかってきました。

僕が会得した面接のコツは、「第一印象を壊すこと」です。
面接を長くやっていると、面接室に入ってきて最初に志望動機を言ってもらうだけで、どういう人か大体わかってしまいます。いや、わかったつもりになってしまいます。
その人が醸し出す雰囲気で性格や能力までわかった気がしてしまいます。
この「わかった気がする」が面接の一番の大敵です。第一印象は外見の印象に引きずられてしまうし、インタビュアーの好みも出てしまいがちです。
また、第一印象は作ることができます。表情や態度、志望動機は練習を積めばある程度のスコアを稼げます(その練習をした努力はポイント高いですが)。

だから、面接では「第一印象を崩す」質問をするようにしていました。志望動機を聞いた段階で、「良い」と感じたことがどれだけ良いのか、「悪い」と思ったところがどれだけ悪いのかがわかる質問をし続けます。
当たり障りのない質問をしても、その人の本当の良し悪しは分かりません。深掘りをする質問が必要です。
例えば、「話が流暢」と思った人には、少しだけ変化球の質問を投げて、それでも流暢に回答できるか確認します。
朴訥な人には、多少アバウトな質問をして、つっかえながらでもいいから努力して話し切れるかを確かめます。
面接で完璧な人間はほとんどいません。だから、その人が欠点を長所でカバーできるのか、その欠点がどれだけ深いのか知りたいわけです。
そうやって、その人が第一印象通りなのか、そうではないのか相手の印象の解像度を高めていきます。

面接でその人を正しく把握できないのは、その人にとっても企業にとっても不幸なことです。その人には合わない会社に入社しても辛いだけですから。
だから、第一印象を壊して、本当のその人を知りたいのです。
よく、面接の短時間でその人の何がわかるという人がいますが、長所と短所を掘り下げる質問を的確にすることで、その職場にあった人なのかどうかは大体見極めがつきます。
あくまでも「一緒に働く」という観点だけであって、その人の本質がわかるわけではありません。本当にその人を知るには長い年月が必要だと思います。

ミニマルな生活

ミニマルな生活に憧れていて、なるべく物を増やさないようにしています。
デジタルグッズは大好きだけど、PCはいつもノートPC一台しか使っていません。マウスやキーボードなど付属物が必要なデスクトップPCはもう何十年も買っていません。できればPCを持たずにiPhoneだけで済ませたいぐらいです。
ケーブルも大嫌いで、充電ケーブルとモバイルバッテリーはワイヤレス充電できるMagSafe対応のものに全て買い替えて、今のiPhoneに買い替えてからLightningコネクタをほとんど使っていません。

洋服もスティーブ・ジョブズみたいに毎日同じ服を着ていたいのですが、残念ながら四季がある日本では、どうしても衣服が増えてしまいます。それでもできるだけ洋服を増やさないように、夏はTシャツ、春秋はTシャツに長袖シャツを羽織り、冬はその上nダウンを着込むようにしています。

ミニマルな生活の効用は気が散らないことです。物が減れば視界がスッキリして気が散る事がなくなり集中できます。

物が多ければ多いほど選択肢が増えて、迷いやすくなります。
洋服が多ければ、朝なにを着るか迷うし、デバイスが多ければ用途によって使い分ける手間が発生します。
選択肢を減らすことで迷う時間を無くして、小説のことを考える時間を増やすようにしています。

物を増やすメリットもあります。
用途別に物を用意すると、それぞれの作業を効率的にできます。広いディスプレイがあれば、長い文章を一度に表示できるので、推敲の効率が上がります。
洋服が多ければ、気候に合わせた最適な服装を選ぶことができます。

物を減らして迷う手間を減らすのと、物を増やして時間を節約できるのと、どちらを取るか見極めが大事です。
できるだけ効率的かつ物を増やさないために、買い物は一点豪華主義です。
PCを数年に一度買い換える時は、最強スペックを選ぶようにしています。家電もハイグレードを選ぶことが多いです。
お金はかかりますが、滅多に新しい物を買わないので、トータルの支出はそれほど多くないと思います。

ただ、最近は机周りに物が増えてきてしまいました。それは本です。昔から本は読む方だったと思いますが、小説を書くためにたくさんの本を読むようになり、積み上がってきてしまいました。

ミニマル生活を維持するのもなかなか大変です。

オーブンレンジが信用できない

在宅で働いていると、よく使う家電がオーブンレンジ。ランチには冷凍食品のパスタやチャーハン、夕食には野菜や冷凍ご飯を温めるのにレンジを利用します。
本来はオーブンレンジが仕事の良きパートナーになるはずなのに、うちのオーブンレンジが良くないのか、僕との相性が悪いのか、思った通りの動きをしてくれません。

まず、温めてくれない。温めるための機械のはずなのに、これは致命的。「温め」ボタンを押すと自動的に適温にしてくれるはずなのですが、いつも完璧には温かくなってくれません。
二度温め直さないといけないので、最近は手動でワット数と分数を設定するようにしています。冷凍食品のパッケージにはワット数と必要な分数が書いてありますが、その通りに温めても全然ダメ。

電子レンジ機能だけなら、追加で温めればいいんだけど、この前はもっとイラッとする事がありました。
オーブン機能を使った「カラッと温め」という機能を使って揚げ物を温め直してみたけど、これがなかなか終わらない。残り時間を見ると、38分。いやいや、買ってきた唐揚げを食べるのにそんなに待てません。
途中で「取り消し」をすると、高音になった庫内を冷やし始め、動作しなくなります。
本当は唐揚げの後に冷凍ご飯を温めようと思っていたのに。唐揚げは冷たいままでもまあ食べられますが、カチカチのご飯はさすがに食えない。
オーブンレンジの扉を開けてなんとか冷やして「冷却中」の表示が消えてから、冷凍ご飯を温めようとしたら、途中で「高温」と表示されて温め機能がストップしてしまいました。
自分で「冷却OK」と言っておきながら、「高温」でダメということはどういうことやねん、とどつきたくなります。
使っているオーブンレンジは、家人がパンを焼きたいからと買ったもので(もう何年もパンを焼いていないけど)、かなり大型で高性能なはずだけど、最初から僕との相性は良くなかった。

人と一緒で家電にも相性があるんですよね。
実はあまり良い印象がないメーカーの商品は買わないようにしていて、このレンジもそのメーカー製。
メーカーの思想みたいなものが合わないんでしょうかね。 

tkj.jp

 



会社員が守るべきたった一つのルール

会社員時代のことをあれこれ思い出していたら、そのときに自分が守っていたことが頭に浮かびました。当時は、仕事を効率的にこなすために、山ほどあるライフハックを調べて、ビジネス書をたくさん読みました。読んだことはほとんど覚えていないし、実践できたこともあまりないけど、ずっと守り続けていたことがありました。

それは「他人に愚痴を言わないこと」です。なんだか小学生への教えみたいだけど、企業で働いている間ずっと守っていた唯一のことかもしれません。

企業という組織で働くということは、他人と一緒に働くということです。自分の考えるとおりに事が進むわけがないし、他部署との折衝など色々と面倒なことがあります。
うまくいかないとつい愚痴を吐きたくなりますが、僕はおそらく一度も他人に愚痴を吐きませんでした。
他人に愚痴を吐いても問題は解決しませんし、大抵の場合、愚痴を吐かれた人も面白くありません。お互いに愚痴を吐くことで、親密な関係を築く方法もありますが、そういうやり方を僕は好きではありませんでした。
他人に愚痴を吐くのではなく、どうして「嫌だと思うのか」を感情を切り分けして根本原因を探り、解消法を考える方が好きでした。
愚痴を吐きたいと思うということは、何かしら嫌な事があるはずです。ただ「嫌だ」「ムカつく」で終わらせるのではなく、その元になる原因を探ることで、対処方法が見えてきます。

愚痴を吐く行為にも効用はあります。自分の内にマイナスを溜めておくと、心身に悪影響がある気がします。負の感情を抱えているとそのことばかり考えてしまい、他のことが考えられなくなってしまいます。
だから、僕は家族に面白おかしく話すようにしていました。家族は仕事のことをほとんど知らないし、利害関係もありません。だから、思う存分話せるわけです。
ただ、悪口や愚痴は聞いている方も面白くないので、必ずお笑いに変えて話すようにしてました。
基本的に自宅にいるときはくだらないことばかり口にしているので、お笑いのネタのひとつとして、家族も不快に感じず(多分)、聞いてくれているはずです。

どこまで出世や成績に効果があったかわかりませんが、愚痴や悪口を言わないことで、社内に敵を作ることはないし、同僚を不快に思わせることもなかったように思います。

自分が得することを選ぶ

マネジメントの職に就いてから、仕事の心構えみたいなことを新入社員に話すことがありました。人様に教えるなんて畏れ多いのですが、仕事だから仕方がありません。
その時に僕が言うと決めていたのは「自分が得することを選ぼう」でした。

利己的に聞こえますが、常に自分が得する選択をするのは簡単ではありません。外国人と接する仕事に就きたいなら、英語を勉強した方が良いけど、ゲームをしたり、飲みに行ったりしてしまいがちです。
本当に自分の将来を考えるなら、英語を勉強した方が得だけど、それを選択できる人は少ないです。
睡眠時間を削って勉強した方が良くても継続できないですよね。

小さい毎日の習慣もそうです。同僚にきちんと挨拶した方が人間関係を円滑にできるけど、なんか恥ずかしかったり面倒臭さかったりして怠りがちです。
机をきれいにしたり、健康のために体を鍛えたり、本当に自分が得することを選び続けるのは並大抵なことではないのです。

「得すること」の継続によって、将来の結果が大きく変わるわけですが、まだ見ぬ将来よりも目の前の現実に振り回されてしまうのが人間です。
自分の境遇を呪う暇があったら、ひとつでも自分が得することを選ぶことで人生を少しずつ好転できるかもしれません。
何をしたら良いか迷った時は、「自分が得することを選ぶ」ようにしています。

「小説を書く目的は何ですか?」

ふたりの余命 余命一年の君と余命二年の僕」を上梓してから、いくつかの取材を受けました。
聞かれた質問で困ったのが「小説を書く目的は何ですか?」でした。インタビュアーによって多少言い回しは違いますが、「どうして小説を書くのですか?」「小説を通じて何を伝えたいですか?」みたいな似たようなことを聞かれました。

この質問の回答は結構悩みました。
どうして僕は小説を書くのか。
中学生の頃から書いてきて、はや数十年、改めてどうして小説を書いているのか考えると、なかなか明確な答えが見つかりません。

「書くのが楽しい」
間違いではないですが、書いていて「ああ楽しい」と感じる瞬間はあまりないですねえ、僕の場合。ゾーンに入ると夢中で指が動きますが、意識は小説内にあるので、「楽しい」と感じることはないように思います。

「読者の心を動かしたい」
昔はそう考えていた気もしますが、最近は他人の心を動かすみたいな偉そうな思いはなくなりましたね。小説には、そういう力があるのかもしれませんが、最初から意図して書くものではない気がします。

「お金持ちになりたい」
そう思ったことは一度もないですね。小説を完成させるのには膨大な時間がかかる割に「儲かる」仕事ではないと思います。
もちろん大ヒットすれば、たくさんの印税が入るかもしれませんが、それは宝くじが当たるようなものです(宝くじよりは確率が高いかもしれませんが)。
お金持ちになりたければ、別の職業を選択した方が良いでしょうね。

「楽しんでもらえれば」
色々考えた結果、そう答えたことが多いように思います。
読書は時間がかかるし、集中力も必要です。時間と労力を使って読んでもらうのだから、せめてその時間だけでも楽しんでもらえれば作家冥利に尽きると思います。
贅沢を言えば、読了した後に、日常のふとした瞬間に小説内のセリフや風景を思い出してもらえればさらに嬉しいですかね。

皆さんはどうして小説を書くのですか?

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